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Nothing Ventured Nothing Gained!!

最近思うことを綴っています。

ブラック労働とかではない飲食業界の真実。

 

夜分に失礼します、藤井です。

 

はじめに断っておくと、本編は飲食業界の新裏事情とかではないです。

しかし僕が最近経験したことでこれは飲食業界に携わる人、そして人間として心に留めておかなければならないことだと思い、綴ることにしました。

一貫して至極暑苦しい文章になっておりますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

何とも言い難い感覚。

先日BBQ屋さんのお手伝いをしました。

この日は他人から見たら、休憩しないで働きすぎてないか?と思われるぐらいの時間働いてたみたいですが、終始休憩をするのを忘れるぐらい楽しく働いていました。

推測するところ自分にとって新しい体験が満載だったからだと思います。

 

小見出しにある何とも言い難い感覚も僕にとっては新しい体験の一つでした。

でもその体験は生涯飲食店の運営を手伝いたくない関わりたくないもううんざりと思わせるような体験でした。

飲食に携わっている方にとっては当然のごとく日々やっている仕事の一つで、

「え、そんなことで?」と思うようなことです。

 

しかし飲食経験のない僕にとっては新鮮なことであり、自分にもまだこんな純粋無垢な感性があったのかという新しい発見ともなりました。

 

そろそろ「で、なんやねん!」って思われる頃だと思われるので発表します。

 

 

それは、『お客様が残したお肉たちをゴミ箱へ放り込む行為』でした。

 

そりゃ当然僕でもお客さんが料理を残すことぐらい予想できますし、それを跡形もなく片付けて次のお客様を呼ぶのが仕事です。

 

でもですね、お皿に残されたお肉を見るだけで、「う、う、うおぉ...」となり、それをまとめてゴミ袋に放り込むことにも「う、う、うおぉ...」となり、心臓を握りつぶされるような感覚を覚えました、大袈裟じゃなく。

 

そもそも実家が「お残し禁止」の家庭なので、料理をゴミ箱に放り込むという習慣がないんですね。部活の合宿とかでも料理を残す人はいますが、残飯を片すのは食堂のおばちゃんですし。

 

その残されたお肉を見るたびにお肉たちが豚や牛の形をしていた頃が思い浮かんでしまうんですね。お肉になった動物たちが生きていた頃、その時の人生が彼ら彼女たちにとって良い人生だったか悔いの残る人生だったかはわからないです。でもお肉になろう!って決断した時にはお肉として何かを成し遂げて第二の人生を全うすることを思っていたと思います。その成し遂げたいことのゴールはやっぱり「美味しく召し上がられること。」のような気がします。誰も粗末に扱われることを人生の最期にはしたくないはず。

 

そんな彼ら彼女の第二の人生の終着点はゴミ箱


報われない命

 

何もしてあげられなかった自分。

 

お肉を手で掴む度にこんなことを思っていました。

 

お客様に対して「残したらいくらか徴収致します」とルールを作ったら結果的に残す客は減ると思う。けれどなんか違う。それはお金をとられるから残さず食べたのかもしれない。本来プライスレスであるはずの生き物の命をお金の力で拘束するのはなんかしっくりこない。

 

食材の価値の伝達、動物たちから命を頂いているという精神の伝達をするのはとても難しい。

 

最終的に「難しい」という最大の思考停止を意味する言葉で締めくくってしまいましたが、命の尊さについて無性に伝えたくなったので綴りました。

 

 

Nothing Ventured Nothing Gained!!
ふじいはるき👋